きょうは命日。

きょう、6月28日は母の命日。いい加減、こんな歳になって母親のことを書くのは愚劣の極みかもしれないが、「6月28日」をアタマの中で反芻すると、意識がどうしてもそちらへ行ってしまう。


母は本を読むことはほとんどなかったし(実は父も妹もなかった。本が好きなのは自分だけ)、新聞もめったに手に取らなかった人だったけれど、ある時期まで、欠かさず家計簿を付けていた。その家計簿は、「ミセス」とかああいった類の婦人雑誌の、12月号の付録として付いて来るもので、毎日、万年筆の小さな文字で、その日に八百屋や魚屋、肉屋で買った食材、ボタンや糸、細々した雑貨類などの備忘を記録していた。


だから1年に1回だけ、家計簿が付録に付いた婦人雑誌を買う時だけ、母は本屋に行くのだが、ある時から、「あんた買ってきといて」ということになり、それはぼくの仕事になった。


どの雑誌のどの家計簿がいいか、いくつも手にとって吟味するのだけれど、紐で縛られているから、家計簿だけを取り外して比較検討するわけにはいかない。といって、表紙の女優が誰だとか、雑誌の中身に母はほとんど興味がなかったから、実は何一つ決め手はない道理で、それでも「なんか良さそう」なものを選びたい、センスの良い自分でありたいと、ハリキって本屋まで走っていった。


家の近所に北村書店ができた時はうれしさのあまり日参していて、それまで本屋といえば、繁華街に出かけた時に頼み込んで連れて行ってもらう落合書店か、かかりつけの耳鼻咽喉科(ここでカンタンな手術を受けたこともある)の近くにあった本屋(名前は失念)しか知らなかったから、自分の意志でいつでも入れて、しかも歩いて行ける距離に本屋ができるというのは奇跡そのものであって、北村書店が自分にとって大きな窓になった。


あまりに頻繁に行くということは、買わないことがほとんどだということで、母はそれが気がかりで、「あんた、また行くの?」と咎めることが度々あった。だから、「家計簿を買ってきて」と頼まれるということは、「母の用事で本屋に行く」という、これ以上ない大義名分を手にしたことになり、なぜ家計簿というのは年に一度しか出ないのか、月刊で出したっていいではないかと、埒もないことを考えたりもした。


古書店や古書展にしょっちゅう行くようになって、たまに誰かの家計簿が出てくることがあるが、たいていは昭和30年代以前のもので、母が付けていた頃の、昭和40年代の婦人雑誌の付録家計簿には、残念ながらまだ遭遇したことがない。


なにか母のことを書こうと思ったら、北村書店と家計簿のことになってしまった。


北村書店は、今でも同じ場所にある。でもどういうわけか、入るのが怖い気がして、もう25年くらい、足を踏み入れていない。おそらく今は、雑誌と数冊の文庫しかない店になっていることだろう。続いているのが奇跡のような本屋である。


北村書店のことは、またいつか書いてみたい。


「あんたが好きな歌手は誰?」と母に聞かれ、小学校2年か3年の頃は、いしだあゆみ とハッキリ答えていた記憶がある。なので、「ブルーライトヨコハマ」。


さて、イタリア×ドイツ戦が始まるまでに、原稿一つ書かなくちゃ。