『上林曉 傑作小説集 星を撒いた街』を読む。

本が出るたび、毎回話題になり、ニュースになり、評判になる夏葉社さんの最新刊『上林曉 傑作小説集 星を撒いた街』を読みました。


ご存じない方のために書いておくと、上林曉(かんばやし あかつき)というのは1902年生まれ(80年没)の小説家で、自分の生活の身辺に材をとった、いわゆる「私小説」作品をたくさん書いた人です。奥さんが精神を病んで入院したり(「病妻物」と呼ばれる一群の作品があります)、自らも60歳で脳出血を起こし、以降、寝たきりの生活になって、妹の手助けに寄って口述筆記で後期の小説を書き継いだり、いろいろ苦労した作家でした。


その上林曉がとにかく好きで好きでたまらない、山本善行さんという方が京都にいらして、この方は古本や文学についての書き手であり、「古書善行堂」のご主人でもありますが、その山本さんが「文庫で読めないもの」(そもそも上林の文庫は入手困難ですが)「従来のイメージと少し違うものも入れたい」といった方針で、七つの短篇を選んで編んだのが、『上林曉 傑作小説集 星を撒いた街』です。


もうとにかく七つ全部いいんですけど、ぼくのベスト3は、「花の精」「和日庵」「諷詠詩人」かな。「花の精」は撰者の山本さんがいちばん好きな上林作品で、真似するわけじゃないけれど、ぼくもこれがナンバーワンです。これ、『武蔵野』に入っていて、その意味では既読なんですが、山本さんの解説を読むと、『武蔵野』のほうはカットされたバージョンということで、今回それがフルで読むことができ、ほんとうにこれはいいなあ、と思いました。



 【うっかり気を取られていると、花のなかへ脱線し兼ねないだろう。】



こんな一文があります。これは、東京郊外の是政(これまさ)という駅の周辺いちめんに月見草が咲いていて、夜、闇の野原の中に、ヘッドライトに照らされた月見草の海が現れ、あんまりすごいので、電車が脱線してしまうのではないか? と、言っているわけです。「花のなかへ脱線」なんて、ちょっとたまらない言葉ですね。


読んでみたい、と思った方はぜひ、どうぞ。本の造りも見事ですよ。


Twitterでも書いたことですが、『星を撒いた街』は、この「花の精」の月見草のすごい「眺望」に始まり、そして七篇め、表題作は「星を撒いた街」というタイトルのとおり、高い所から夜の貧民街を見下ろすと、そこはまるで空から星を撒いたように灯りが無数に散らばって見える、という、これまた「眺望」が出てくる小説で終わります。


いま思ったのですが、どちらも「夜」の小説でもありますね。山本さんは、「夜の眺め」が描かれた二篇を、図らずも(あるいは、意識してのこといだったでしょうか)最初と最後に持ってきたことになります。


『星を撒いた街』には、「城砦」という言葉も出てきて、これ、日本の小説ではあまり見ない言葉だと思いますが、「星」「城砦」と来ると、サン=テグジュペリを連想してしまいます。


きょうは少し、長くなりました。もっといくらでも(?)書けるのですが、このくらいで。


写真は、本文とぜんぜん関係ないですが、先月仕事で行った松本の風景。女鳥羽川のあたりです。


そして動画のほうは、フィービ・スノウの「Poerty Man」。辞任会見まで愚劣そのものだった松本前復興相が、なぜか会見中にふと洩らした名前です。不覚にも、4月に亡くなっていたことを、あの人に教えられるハメになりました。よく聴いた、とまではいえないけれど、ジャニス・イアンリンダ・ロンシュタットらと並んで、70年代の重要なイコンだったと思います。